地域によって違った表情を見せるイギリスの建物。イギリスに来た当初は、イギリスの建築についてさほど詳しくなかったのですが、イギリスの街を歩いているうちにさまざまな建築様式が混在していることに気づいたことがきっかけで次第と興味を持つようになり、ロンドンで建築史のコースに通い始めました。
イギリスは、ロンドンの中でさえも、エリアが少し違っただけで雰囲気が違う建築を楽しめます。これまでのイギリス暮らしで、9ヶ所も住む場所を移してきたのですが、毎回少しずつ建物様式の違うところを選んで、気分転換をしていました。
そんなことはさておき、イギリスの建物について学ぶ上で、念頭に置いておきたいことは、イギリス建築はイタリアやフランスなどの建築様式から影響は受けるものの、それらのヨーロッパ諸国とは少し違ったイギリス独自の変遷を辿るということ。
なので、最初にヨーロッパ大陸のおおまかな建築史を年表で見直して、その後にイギリスの建築史について7部構成で解説していきたいと思います。今回は、第一部の中世前期編です!
もしイギリスに訪問することがあれば、ぜひ前知識として持っておきたい内容ですので、楽しみながら読んでみてくださいね。
1. まずは・・西欧全体における時代別、建築様式のおさらい
イギリスの建築様式に触れる前に、まずは西欧におけるおおまかな建築様式についてさらっと確認しておきましょう。下記の建築様式は、一度は耳にしたことある方も多いのではないでしょうか?
冒頭で話した通り、イギリスの建築史は自国の歴史や文化を反映しながら他西欧諸国とは少し異る建築の変遷を辿っていきます。
・古典主義 : 紀元前850 – 5世紀半ば ・ビザンチン: 5世紀半ば ・ロマネスク(イギリスではノルマン):9 -12世紀 ・ゴシック:12-15世紀半ば ・ルネサンス:15-16世紀 ・バロック:17 – 19世紀初期 ・ロココ:17世紀半ば – 18世紀後期 ・ネオクラシズム(新古典主義):18世紀初期~20世紀初期 ・アール・ヌーヴォー:19世紀後期 – 20世紀初期 ・ボザール:19世紀後期 – 20世紀初期 ・ネオゴシック:20世紀前半 ・アール・デコ:20世紀前半 ・モダニズム:20世紀 – 現在 ・ポストモダン:20世紀半ば – 現在 |
欧州におけるそれぞれの建築様式の特徴については別の記事で触れますので、完成までお待ち下さい。
2. 時代別・イギリス建築様式の変遷 一覧
イギリス建築について言及する際、時代やイギリスの王朝の名前を様式名として呼ぶことが多いです。先程取り上げた様式名と照らし合わせて見ていきましょう。
1. 中世前期建築(古代ローマ、アングロサクソン、ノルマン、カロリング): 5世紀-11世紀) 2. 中世建築 (ノルマン、ゴシック):1066-1485 3. チューダー・エリザベス朝建築(ゴシック、ルネサンス):1485-1603 4. ジャコビアン・スチュアート朝建築(ゴシック、ルネサンス、バロック):1603-1714 5. ジョージアン・リージェンシー建築(バロック、ネオクラシズム):1714-1837 6. ヴィクトリアン様式建築(ゴシック・リバイバル、ネオクラシズム ほか):1837 -1901 7. 近代・ポストモダン建築(ネオジョージアン、モダニズム ほか):20世紀 – 現在 |
それでは、今回の本題、中世前期のイギリス建築史について見ていきましょう。
3. イギリスの中世前期の建築
イギリス中世前期の建築史をざっくりと
イギリスの中世前期は410年の西ローマ帝国滅亡後から、1066年のウィリアム一世によるイングランド統一までのことを指します。この時代の建築は、アングロ・サクソン人やバイキングによるイギリス侵略と、またローマから伝来されたロマネスク様式などによって変化を遂げていきます。
ローマ人によって支配されていた410年以前のイギリスには、町や要塞などが石やレンガを使用して建設されていました(ローマ式と呼ぶ)。その後、ローマの生活に馴染みの薄かったアングロ・サクソン人の侵略により、イギリスの地に彼らのゲルマン文化と木造建築が持ち込まれていきます。また、ローマから来た修道士によってローマ建築も一部で復活。この頃、ヨーロッパで権力を握っていたローマ帝国に見られた建築はイギリスにも派生していきました。その後、バイキングにより侵略されたイギリスでは、村の形成が進んでいきます。
イギリス中世前期の建築の特徴
・アングロサクソン人による木造建築
410年の西ローマ帝国の崩壊でローマ人がイギリスを撤退した後も、彼らが築き上げた数多くのローマ建築が長いこと残されていき、その後イギリスを侵略したアングロサクソン人も、そのローマ・ブリトン式の街で暮らしていました。一部の建築は、木造建築に造詣が深かったサクソン人によって、木材や石膏などを利用した家、教会、城などに建て替えられ、建物内にはホールが見られるようになりました。
・イギリス最古の教会の建設
ローマ人の撤退でほとんどの石工職人が姿を消していましたが、596年に初代のローマ教皇とされるグレゴリウス1世がカトリック教布教のためにイギリスに修道士を派遣し、改めて石造りの建築が取り入られるようになります(イギリスは680年代までに再びローマ・カトリック教になります)。イギリスで最古の教会である聖マーティン教会(現在のカンタベリー大聖堂。当時の建築は建て替えられています)は、ローマ時代のレンガなどを使い、布教の拠点となったケント州のカンタベリーに建てられました。しかしこの時代において石造建築はまだ稀で、410~950年ごろ前までの教会のほとんどは木造で建てられていました。
・カロリング朝式の建築
この頃のヨーロッパ大陸で、フランク王のカール大帝が取り入れていたカロリング朝建築(プレロマネスク建築とも呼ばれ、ローマ様式とビザンチン様式を組み合わせた装飾的なスタイル)は、イギリスの建築にも影響を与えるようになります。
1000年までに建てられた多くの大聖堂の設計は、カロリング朝式であったと言われており、その特徴として、拝廊と呼ばれる、身廊の西端に洗礼志願者や女性が参列する場所が区切られて設けられていました。
下の写真のAll Saints Church Brixworthは、 60km以上離れたレスターからローマ建築の素材(ローマ人が建てた建築の廃材)を運んできて建てられたカロリング朝式の教会です。
・バイキング人による侵略とアルフレッド大王
865年から954年までは、現在のデンマークからやってきたバイキング(デーン人)によってイギリスは侵略され、当時7王国に分かれていたイングランドのウェセックス王国以外のすべてを征服されてしまいました。イングランド滅亡の危機を救ったウェセックス王国のアルフレッド大王は、王国内に要塞化した宮殿のネットワークを形成し、職人や商人、市場、教会、王宮などを配置していきました。これはローマ帝国時代以来のイングランドにおける新たなタウン(町)の誕生でした。初期は木造の要塞が建築されていましたが、10世紀頃になると石造にシフトしていきます。
・ビレッジ(村)の誕生
郊外における人口密度増加などを背景に、10世紀から12世紀にかけて、村落や農場を離れた農民たちが徐々にビレッジ(村)へと移り住んでいきます。教会、大通りなどが建設され、シンプルでより頑丈な木造建築の家に複数の世帯と一緒に生活をするようになりました。
地主は、自身の大きな家(マナーハウス)や個人の教会を村に建てていきます。その新たな個人所有の教会の誕生によって、これまで礼拝のために遠く離れた教会に行かなければならなかった人々が、徒歩圏内で通えるようになりました(小教区の原型となる。イングランドはほぼ全域、いいずれかの教区に属していった)。マナーハウス、教会、村人の家々を擁すレイアウトは、徐々にイングランド全体に拡大していきました。
・ウェストミンスター寺院の建設
バイキングがイギリスを撤退した後、イングランド王国を統治していたエドワード証聖王が、ローマ教皇に対する’懺悔’を目的として、イギリスにおいて最も重要な建築物の一つとなる、ウェストミンスター寺院の建設に着工。1030年代にフランスのバーガンディーやロワール渓谷の地域で発展した古代ローマ様式の建築スタイルが取り入れられ、半円形のアーチ、水平のモールディング、石造りのヴォールトなど、古代ローマの円形劇場に見られたような建築技術が施されていました。このウェストミンスター寺院の建築は地方の教会にも影響を与えていき、その教会には翼廊(聖堂における十字形平面の両腕部のこと)などが見られるようになります。
4. 行ってみたい!イギリス中世前期の建築が楽しめるスポット
・エスコムサクソン教会 (Escomb Saxon Church):イギリスに残存する初期サクソン教会の3つの内の1つで、古代ローマ時代の大きな石を使った建造を状態よく現在も見ることが出来ます。場所はイングランド北東部のダラムです。
・グリーンステッド教会(Greensted Church):世界最古の木造教会の建築として知られるグリーンステッド教会はイギリスのエセックス州にあります。
・オールセインツ教会、アールズバートン(All Saints’ Church, Earls Barton):
ノーサンプトンシェアー、アールズバートンにあるこの教会の塔は970年頃に建てられたもので、アングロサクソン独特の、塔を中心にした建築は、この後の中世時代には見ることが出来ない貴重なスタイルです。地主によって建設され、教区教会として機能していました。
いかがでしたでしょうか?引き続き、イギリス中世の建築もお楽しみください。
参考文献(すべて英語です)
・Gresham College イギリス建築史がとても良くまとまっている動画で、おすすめです!
・English Heritage
・University of Southampton
・BBC