こんにちは。SATOMIです。
イギリスの建物と建築様式を一緒に学ぼうシリーズ、第4回目の今回は1603-1714年のジャコビアン・スチュアート朝建築についてです。
もしまだこれまでの3部を読んでいない方は、先に下記のリンクからご覧になってみてくださいね。
イギリスの建物と建築様式① – 特徴と歴史をわかりやすく – 中世前期 編
イギリスの建物と建築様式② – 特徴と歴史をわかりやすく – 中世編
イギリスの建物と建築様式③ – 特徴と歴史をわかりやすく – チューダー・エリザベス朝建築 編
ジャコビアン・スチュアート朝建築について(1603-1714年)
1. イギリス ジャコビアン・スチュアート朝の建築史をざっくりと
ジャコビアン朝とはスコットランドの王、ジェームス一世が子供のいなかったイングランドの女王エリザベス一世を引き継ぎ、イギリスを統一した1603年から1625年のことを指します。一方でスチュアート朝とは、そのジャコビアン朝時代やクロムウェルの独裁体制時代(イギリス史上唯一の共和政時代を)を含めた、アン女王が亡くなる1714年までの期間を指します。
イングランド内戦(1642-1651年)やクロムウェルによる独裁政権時期(1653-1658年)にイギリスを離れヨーロッパ大陸で建築を学んだ新たな建築家たちが、イギリス建築において大きな影響力を持つようになっていきます。ジャコビアン朝では、エリザベス朝から引き続き比較的華やかで装飾性の高い建築が好まれていましたが、1630年代になるとイタリアのルネサンス期の建築家、アンドレア・パラディオのスタイルを模倣したパラーディオ建築様式と呼ばれる、よりシンプルな古典的デザインが多く取り入れられるようになります。クロムウェルが死去し、1660年にチャールズ二世によって王政復古すると、王党派が財産を取り戻したことで当時のヨーロッパの建築がイギリスにも反映され、建築活動がより活発化していきました。
その後、フランスやイタリアで広がっていた綺羅びやかなバロック様式がイギリスにも持ち込まれますが、収益を元手に豪華な教会を建設するというカトリックのやり方が、プロテスタントの考え方と相違していたこともあり、イギリスにおいてバロック建築様式の浸透は最小限に抑えられ、実際には古典主義の建築がこの時代の主流でした。
2. ジャコビアン・スチュアート朝建築の特徴をくわしく
・17世紀になると、オランダやフランス、イタリアやドイツで建築を学んだ建築家たちが、イギリスの建築に影響を与えるようになっていきます。その中で最初に活躍した建築家が、ルネサンス期の重要なイタリア建築家であるアンドレア・パラディオの影響を受けたイニゴ・ジョーンズでした。
彼はイタリアで建築を学び、パラディオの考え(パラーディオ建築様式と呼ばれる)をイギリス建築にもたらしたパイオニアの一人でした。イニゴ・ジョーンズは、パラーディオ様式、フランスとフランドルの建築をイギリス固有の建築と組み合わせていき、ロンドンのグリニッチにあるクイーンズ・ハウスなどをはじめとする王室建築を中心に携わっていきました。
・ジャコビアン時代のデザインでは、エリザベス朝に引き続き左右対称なレイアウトが使用されました。特にH字型とU字型をした建物が多く取り入れられていきます。また、フランドルの切妻屋根が組み込まれているのも一つの特徴で、多くの場合、平らな陸屋根と組み合わされていました。平らな屋根は、装飾されたパラペットと呼ばれる柵または低い壁で囲まれていました。
・ジャコビアン朝時代の家屋の多くが木造であった中で、高価なレンガや石が使われていた建築が上流階級層の家屋を中心に全国各地に広まっていきました。ファサード(建物正面のデザイン)の装飾には石灰岩やスレートが使用され、花崗岩や上質な木工品などの高級な素材がインテリアに施されていました。
・比較的シンプルなファサードが特徴的だったジャコビアン様式ですが、外装とは一転、内部は華やかに装飾されており、フランスやフランドルからの影響を受けた彫刻がスタンダードな室内装飾品として広く取り入れられていきます。木彫りや漆喰で装飾された天井や暖炉、壁、窓枠なども特徴的です。室内には芸術の一部として大きな階段が取り入れられ、インテリアをより印象的で美しいものに仕上げていました。
・1649年にイタリアから帰国したロジャー・プラットはイニゴ・ジョーンズの流れを引き継ぎ、1660年代を代表とするイギリス建築家として古典主義を取り入れながら活躍していきます。イギリスのドルセットにあるキングストン・レイシーは彼の代表作の一つで、縦に3つのセクションに分け、ペディメント(建物中央上にある三角形部分)やドーマー(屋根に取り付けられた窓)、パラペット(屋上の柵)でデザインに変化を加えています。
ヒュー・メイもイニゴ・ジョーンズの古典主義建築に影響を受けたイギリス建築家の一人で、グリニッチにあるエルサム・ロッジは彼の代表作の一つ。建物正面はペディメントや4つイオニア式の柱で装飾されています。上記のキングストン・レイシーに見られるような、隅石(壁の出隅部分に積まれる石)やストリングコース(壁に施された石あるいは煉瓦の横一線の列)などは施されておらず、シンプルな印象を与える建築デザインです。
・1666年のロンドン大火災により、多くのゴシック様式、チューダー様式の建物が消滅。この時代に活躍したのは、ヨーロッパ本土のドラマチックで躍動感のあるバロック様式に影響を受けた建築家クリストファー・レン卿でした。レンは、火災によって焼き尽くされたセントポール大聖堂をバチカン市国のサン・ピエトロ聖堂に匹敵するバロック式建築に生まれ変わらせ、またロンドンの街全体をもバロック式にすることを目指しました(バロック式の街とは、モニュメントを中心に放射状に道路を張り巡らせるパリやローマに見られれる構造)。この都市計画はカトリックに偏っていたバロック式に反対した者により完全に実現することはありませんでしたが、セントポール大聖堂は1675年から35年もの年月をかけてロンドンのシティに建てられました。
・一般建築においては、ロンドンなどの都心部で17世紀前半から連棟住宅(テラスハウス)が見られるようになっていきます。しかしながら、この多くの建物が木造建築であったために、ロンドン大火災で火が燃え移り、ほとんどの建物が焼失してしまいました。
・ジョージアン朝時代の建築の特徴の一つとして挙げられるのが、1660年の王政復古直後にイギリスで考案された上げ下げ窓(英語ではサッシュウィンドウと呼ぶ)。これまではトランサム(横木)などが施された開き窓が主流でしたが、新たに誕生した窓が特に次のジョージアン朝時代にトレンドとして各地に広がるようになりました。
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British Architectural Styles: An Easy Reference Guide (England’s Living History) (English Edition)
・1690年代に入るとバロック様式の室内装飾が新たに加わっていき、ウィンザー城などの王室建築から、郊外のカントリーハウスまで広く浸透していきました。イギリスのダービシャーにあるチャッツワース・ハウスは、古典主義のシンプルな外装に、壁や天井に敷き詰められた絵画で豪華に彩られた内装を見ることが出来ます。(写真下)
3. 行ってみたい!ジャコビアン・スチュアート朝建築が楽しめるスポット
・ノール・ハウス(Knole House):イギリスのケント州、1000エーカーの鹿園に囲まれた広大な敷地に365部屋を擁すノールハウスは、もともとカンタベリー大聖堂の大司教によって建設され、スチュアート朝時代にヘンリー八世に寄贈された建物です。17世紀初期以降、サックヴィル家によって4度に渡って建て替えられたノールハウスは、エリザベス朝やスチュアート朝時代を象徴する家具やアートコレクションなどを楽しめる、ジャコビアン様式建築の傑作の一つです。
・ハットフィールド・ハウス(Hatfield House):もともとチューダー朝時代に建てられ、エリザベス一世も幼少期を過ごしたというハットフィールド・ハウスはハートフォードシャーにあります(ロンドンから電車一本で行くことが可能)。ロバート・セシルによって建てられ、現在もセシル家が所有する邸宅です。レンガ造りとU字型のレイアウトに、ジャコビアン様式の特徴ともいえる華やかな内装が楽しめるスポットです。
・クイーンズ・ハウス(Queen’s House):ロンドンのグリニッジにあるクイーンズハウスは、1616年から1619年に王妃アンのために建てられ、グリニッジ病院は1696年以降に建設。クイーンズ・ハウスはイニゴ・ジョーンズ、病院の大部分がクリストファー・レンによる設計。イギリスの古典主義建築の最初の建物と言われています。
・旧ホワイトホール宮殿のバンケティング・ハウス:ロンドンのウエストミンスターにある旧ホワイトホール宮殿のバンケティング・ハウス(バンケティング・ハウスは王族が宴をするためにたてられる場所)はチャールズ一世の依頼でイニゴ・ジョーンズが設計、1619年に着工、1622年に完成。フランドルの画家でバロック芸術の巨匠、ルーベンスがチャールズ一世の依頼で描いた天井画や、ヴァン・ダイクの肖像画などが飾られています。
・セントポール大聖堂(St.Paul Cathedral):イギリスにおいて最もバロック様式を象徴する建築の一つ。もとはゴシックの建築でしたが、1666年のロンドン大火災によって壊滅的な被害を受け、1675年から35年の歳月をかけて建築家のクリストファー・レンによって生まれ変わります。最初にレンが設計した案はカトリック派に偏りすぎていると反対を受け、バロック様式を入れながらも、新古典様式やゴシック様式を融合させています。
・旧王立海軍学校(Old Royal Naval College):ロンドン南東部グリニッチにある1703年にクリストファー・レンが設計した旧王立海軍学校。ペインテッド・ホールにはジェームズ・ソーンヒルによって描かれたバロック様式の見事な壁画を楽しむことが出来ます。
・ブレナム宮殿(Bleheim Palace) : 1705年に着工し、約20年もの歳月をかけて建てられたオックスフォード近郊にあるブレナム宮殿はイギリスを代表するバロック建築のひとつとして世界遺産にも認定されています。スペイン継承戦争でフランス軍から勝利を収めた将軍ジョン・チャーチルにアン王女が贈呈した宮殿でした。イギリスの元首相チャーチルが生まれた家としても有名です。
・カースル・ハワード(Castle Howard):イギリスのヨークシャーの私有邸宅であるカースル・ハワードは第3代カーライル伯爵チャールズ・ハワードがジョン・ヴァンブラに設計させたバロック様式の建物で1699年から1712年の歳月を経て完成。バロックらしい躍動的な壁画が施されたドームによって覆われたばホールスペースは要必見です。
いかがでしたでしょうか。引き続きジョージアン・リージェンシー建築についてお楽しみください。
参考文献(すべて英語です)
・British Architectural Styles: An Easy Reference Guide (England’s Living History) (English Edition)
・Gresham College イギリス建築史がとても良くまとまっている動画で、おすすめです!
・BBC