職人の手作業で作られた歴史感じる家具や生命感にあふれる植物をモチーフにした壁紙やファブリック。それらを見てイギリスのインテリアに興味を持つようになった人も多いのではないでしょうか。私もそのうちの一人でした。日本にいた頃から、職人技が見せる繊細で美しい工芸品が大好きで、イギリスに住む今でもその熱は変わっていません。
イギリスの家具やデザインを語る上で欠かせないのが、19世紀後半にイギリスで起きたアーツアンドクラフツ運動ですが、みなさん詳しくご存知ですか?デザイナーであり詩人で、社会主義者でもあるウィリアム・モリスが提唱し始まった運動で、工芸品や家具、建築など芸術のあらゆる分野において大きな影響をもたらすことになりました。
日本のデザインとも深い関わりのある、イギリスのアーツアンドクラフツ運動って?
1. そもそもアーツアンドクラフツ運動とは?
アーツアンドクラフツ運動とは、1861年のイギリスにおいて、建築、工芸品、ジュエリーなど幅広い芸術品においてデザインの質の向上を目指し、庶民にとっても手の届きやすいものを生産することを目的としてイギリスのウィリアム・モリスによって発起されたデザイン運動です。
その流れは海を渡り、ヨーロッパ、アメリカ、そして日本など、形は変わりながらもデザインの分野において世界的に影響を及ぼし、20世紀モダン・デザインの源流となりました。
2. アーツアンドクラフツ運動が始まった背景
イギリスでは18世紀半ばから19世紀前半に起きた産業革命により、大量生産によって生まれた代り映えのない、低品質で低価格の商品が出回るようになります。そんな中、1840年頃から次第とその機械生産が社会的秩序および製品の品質に悪影響を及ぼすとして認識されるようになっていきました。実際に建築やデザインにおいて新しいアプローチが支持されるようになるのは、1860-70年代のことです。
アーツアンドクラフツ運動が始まった背景には、中世の職人技により生み出されていた美しい芸術作品復興の提唱のみならず、産業革命で生産方法が分業制となったことをきっかけにして起きた、賃金低下、粗悪な労働環境など、工業化における弊害を世に訴えるという側面もありました。また、装飾芸術の地位が失われていたことに対する反動でもありました。
3. アーツアンドクラフツ運動とウィリアム・モリス
イギリスのデザイナー、詩人、小説家そして社会主義者であるウィリアム・モリスは「中世」と「自然」に強い憧れを抱いていました。
ヴィクトリア時代を代表する美術評論家、ジョン・ラスキンの、「デザインとものの制作を切り離すことは、社会的にも美的にも損害を与える」という考え方に触発されたモリスは、日常生活において、より美しく手の混んだものを使用するべきであるという考えを持ち、職人が商品及び購入者との繋がりを持てる仕組みの形成を望むようになります。
モリスは、過去、特に中世に目を向け、生活と生産の両面においてよりシンプルで優れたモデルを追求し、小規模な工房を中心とした生産システムへの回帰を主張します。機械化に完全に反対していたわけではありませんでしたが、効率性向上のために始まった分業システムは、個人のやる気、労働結果に悪影響をもたらしていると感じていました。
労働階級者に対して、反復作業だけのストレスフルな生活から解放し、一から最後まで創造的なプロセスに直接関わることができるものづくりの喜びを感じてもらいたいと考えはじめます。
モリスは、手工業者の労働に対する尊厳を取り戻し、芸術と生活を融合するという望みを果たすために、前ラファエル派(イギリスのヴィクトリア時代に誕生した芸術家グループ)のダンテ・ガブリエル・ロセッティ、エドワード・バーン=ジョーンズや建築家のフィリップ・ウェッブなどとともにモリス・マーシャル・フォークナー商会(後のモリス商会/Morris&Co.)を1861年に創設。
ヴィクトリア時代の豪華絢爛な装飾から離れ、よりシンプルで機能的なデザインを追求しました。モリス・マーシャル・フォークナー商会は壁紙やテキスタイルに始まり、家具やステンドグラスの制作など、室内装飾における幅広い仕事をデザインから制作まで請け負いました。日本で今でも有名なのは生き生きとした植物をモチーフにした壁紙です。
1880年代になると、例えば、「アーツ・アンド・クラフツ展覧会協会」、「アート・ワーカーズ・ギルド」や、小さな工房や大規模な製造業者の職人など、ウィリアムモリスの作品に影響を受けて生まれた多数の芸術組織によって、アーツ・アンド・クラフツ運動へと発展していきます。
(ウィリアムモリス自身が積極的に「アーツ・アンド・クラフツ展覧会協会」に関わるようになったのは、設立されてから何年も後のことでしたが(1891年から1896年に死去)、彼の考えは装飾芸術家の世代に大きな影響を与えていました。)
詳しいウィリアム・モリスについての記事「ウィリアム・モリスとは?」も合わせて読んでみてください。
4. アーツアンドクラフツ運動のイギリス国内での広がり
19世紀後半から20世紀にかけて、ロンドン、バーミンガム、マンチェスター、エジンバラ、グラスゴーなど、イギリス全土の大都市においてアーツアンドクラフツ運動が盛んになっていきました。整ったインフラや組織、裕福なパトロンがいたことが、これらの都市の中心部において運動が加速化した要因でもあります。
ロンドンで開かれた展覧会などで、アーツアンドクラフツのメッセージは広く知れ渡り、1895年から1905年の間に、この強いメッセージに共感したメンバーによって、100を超える組織とギルドの創設が推進されました。
ロンドン、グラスゴー、バーミンガムには美術学校や専門学校が新設され、工房や職人の発展を促し、エナメル加工、刺繍、カリグラフィーなどの技術も復活していきます。
また、アーツアンドクラフツのデザイナーたちは、製造業者と新たな関係を築いたことで、ロンドンの小売店(Moris & Co.、ヒールズ、リバティなど)を通じて商品販売が可能となり、その商業的な流通の変化は、運動の理念をより多くの人々に届けるきっかけにもなりました。
アーツアンドクラフツ運動はイギリスの大都市を中心に発展したものの、その根本は、田舎の伝統と「シンプルな生活」のためのノスタルジアであったため、郊外で働くことこそ多くの芸術家にとって理想的な生活でした。
絵に描かいたような美しい風景が見られるイギリスのコッツウォルズや湖水地方、サセックス、コーンウォールなど各地でワークショップが設立され、多くの芸術家が新しい生活を確立するために都市を離れるようになります。また、産業革命をきっかけに、鉄道網が広がったことがパトロン、ロンドン市場へのアクセスを容易にし、この動きを加速化させました。
職人たちが移り住んだ地域では、アーツアンドクラフツ時代の家具や建築が見れる観光スポットとしても今でも人々に愛されています。
日本語での関連書籍
アーツ・アンド・クラフツと日本5. ロンドンに訪れたらちょっと足を伸ばしたいアーツアンドクラフツ運動の関連スポット
ロンドン市内
Red House(レッドハウス)
赤レンガの建物が印象的なロンドンのベクスリーヒースにあるレッドハウスは、1859年に建築家フィリップ・ウェブとデザイナーのウィリアム・モリスが共同で設計したモリス自身のための家です。モリスは結婚した最初の5年を妻のジェーン・ロセッティとこの家で過ごします。「役に立たないものや美しいとは思わないものを家に置いてはならない」というモリスの言葉通り、彼のインテリアに対する強いこだわりを現存する内装からも感じることができます。
William Morris Gallery (ウイリアム・モリス・ギャラリー)
ロンドン中心から少し離れた東郊外ウォルサムストウにあるウィリアムモリス美術館。少年期にモリスが住んでいたジョージアン様式の家を美術館にしたもので、モリスがデザインしたテキスタイル、家具、陶器、絵画をはじめ、ラファエル前派の芸術家を含むモリスの仲間のコレクションを中心にテーマ別に展示されています。
V&A(ヴィクトリア&アルバート美術館)
西ロンドンにあるV&Aでは、ウィリアムモリスが手掛けたタペストリーからフィリップウェッブによる建築画をはじめ、アーツアンドクラフツ時代に関わるさまざまな美術品を豊富に見ることができます。金曜日は夜10時まで開館しています。
Kelmscott House(ケルムスコットハウス)
西ロンドン、ハマースミスにあるジョージ王朝時代のレンガ造りのケルムスコットハウス(Kelmscott House)は、ウィリアム・モリスはが1878年10月から亡くなる1896年10月まで過ごしたロンドンの邸宅。Moris&Co.の壁紙やテキスタイル、またモリスが使用していた希少な印刷機が展示されています。
Emery Walker’s House(エメリー・ウォーカーズ・ハウス)
モリスの友人であった、エメリー・ウォーカーが暮らしていた西ロンドンのハマースミスの邸宅です。モリスデザインのテキスタイルやインテリア家具、フィリップウェブデザインのものなどが飾られています。家のほぼすべての部屋にオリジナルのMorris&Co.の壁紙が使われている数少ない家の一つです。モリスが晩年を過ごしたケルムスコットハウスの近くにあります。
ロンドン郊外
Standen House and Garden(スタンデン・ハウス・アンド・ガーデン)
ロンドンから離れた西サセックスの田園地帯に、ビール夫妻のために建てられた邸宅は、フィリップ・ウェッブによる設計で、Morris&Co.のインテリアがつくる温かく居心地の良い雰囲気を楽しむことができます。ロンドンからは車で約2時間程度。電車で行くことも可能ですが、タクシーの利用が必要になります。
その他に、イギリス全域でアーツアンドクラフツ運動に関するスポットをお探しの場合は、記事は英語ですが、ぜひ英国ナショナルトラストのページをチェックしてみてください。
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6. 番外編 – アーツアンドクラフツのインテリアに合う絵画
アーツアンドクラフツをイメージして、インテリアをデコレーションしたいと思ったら、絵画の存在は欠かせません。番外編として私がおすすめする絵画のタイプを挙げてみました。カントリー調のインテリア事例集の記事を見ていただくと、飾り方などとても参考になるのでぜひ合わせてチェックしてみてください。
・ロセッティ、バーン=ジョーンズなどラファエル前派画家の絵画
ウィリアム・モリスも多大な影響を受けたラファエル前派の絵は、アーツアンドクラフツとの共通する時代背景によって、インテリアも調和の取れたイメージになります。
・ボタニカルアートや植物を描いたやわらかいタッチの水彩画
ウィリアム・モリスデザインの植物をモチーフにした壁紙にマッチする、ボタニカルアートや優しいタッチで描かれた植物の水彩画を、ゴールドのフレームに入れて飾るのもおすすめです。
・田舎町をモチーフにした印象派の風景画
過度な装飾から離れたアーツアンドクラフツのデザインには、素朴な優しいイメージの風景画がとても合います。個人的には印象派の色鮮やかな風景ががタイプですが、それ以外でも比較的マッチすると思いますよ。
いかがでしたでしょうか?アーツアンドクラフツ運動について詳しく学んでもっとイギリスのデザインや家具に愛着が湧いてきたのではないでしょうか。今日に生きるデザインが、この時代に生まれたアーツアンドクラフツ運動が源泉になっていることを知るだけでも、建築や工芸品に対する見方が変わってくることだと思います。私も、イギリスに住みながら古き良きものを愛するイギリス人の心に少しでも触れていけたらと思っています。